この不便な制限こそ、渇望していたのかもしれない。私たちは既に制限だらけなのだ。

満員電車に乗ると体調が悪くなる、は
今のお仕事を選ぶ理由の1つでもあったし

 

今はある程度、
1人での混雑場所を避けたり
私なりの予防法ができてきているので
気にならなくなったのだけれど、

 

この数日、久しぶりに
電車やバスを途中下車する
ということが何度かありました。

 

 

出る症状は昔と違っても、
とても久しぶり。この感じ。

 

で、また思うの。
「ああ、身体って不便だなあ」と。

 

 

あ、労ってほしいとかではないの。
こういう時、ありませんか?
「この身体不便だなあ」って時。笑
(ほら、また食べなきゃいけないの?みたいな。笑)

 

特に、私は浮世離れしてると
周りによく言われるのは否定できないし、
実際空想や意識が別な方向に飛ぶ事も多いので笑、
余計、この肉体や三次元の制限に
もどかしくなる気持ちが多いのかもしれない。


でもね、その制限こそ
感動や美しさを生み出すのだなあと
思うようになったのです。

 

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ここ半月の間に2度ダンスを見る機会がありまして。
1つはお友達主宰のバレエ発表会。
1つは社交ダンスの競技試合。

 

どちらもとても素晴らしく、
なんだかずっと目に涙が溜まっていました。
(涙もろいのよ。でも周りの雰囲気的に、耐えたよ!笑)

 


このご時世での制限の中
ダンサーたちは最大限に表現力を発揮していて、
その喜び始め沢山のあふれる感情が伝わってきて
もうね、どちらも凄い空間だったの。

 

熱気が。空気の濃度が。
ダンサーたちの上にある空気に
色が付くんじゃないかという勢いで。

 

ああ、人の心が揺さぶられるって
こういう事なのだなあと思うのと同時に、
制限の中今できる範囲で最大限楽しむって
自分の身体においても言える事だよなと思ったのです。

 

 


この時空間、三次元の中で生きている以上、
身体を持つことによって多くの制限があっても
むしろその制限を楽しむために生まれてきたと
言っても過言ではないな、と。

 

それならば、私の現在抱えている悩みや問題も
なかった事にするわけでもなく
嘆くわけでもなく
ただただその存在を認めて
その上でどう楽しんでいこうか?
をすれば良いだけのお話だなあ、と。

 

 

そんな事をね。
ダンスを見て、体調不良を起こして
じーんと考えていた事でした。😂

 

そうするとさ。
このもどかしい三次元的制限に対しても
ありがたみが増してね。

 

時間をかけることによって得る感情があるし
すぐに行きたい所に行けないからこそ
行けた時の感動は大きいものになるし

 

「こうやって動いてほしいなあ、、」と思う
身体に対しても、今のこの身体の状態は
私にとってのベストであって、
だからこそできた物事もあるのだと
気が付かせてくれる。

 


もう私、最近感動しっぱなしの
おばあちゃんみたいな状態になっています。笑

 

 

 

とはいえ宙に浮いてばかりもしていられないので
しっかり地に足をつけていかないとね!
と、昨日自分に注意をしたのでした。
(本当によく浮いちゃってる気がするのよ。)

 


と、人によってはとても変なお話♡

 

 

さて、今日もダンスを観に行きます。
しばらくの間では、これが最後かな。
楽しんできますね!